私は海外に友人がいます。ベトナムのハノイや韓国のソウル、テジョンに住んでいる友人達です。
今回はソウルに住んでいる友人についてお話ししたいと思います。
さて、友達の話をする前に日本と韓国の私が経験した違いなどを話します。当然、人によって個人差や差異もあることをご承知おき下さい。
まず、日本と韓国は気候、食べ物、歴史が異なります。特に歴史観は日本と韓国では大きく違います。これは過去の歴史が影響しているからです。「文禄・慶長の役」や「日本統治」は大きな要因です。
地政学的に日本は土地で繋がっている国境がありません。一方、韓国はかつて中国やロシアと国境を接しており、特に、中国やモンゴルとは戦いの歴史もあります。一方、日本は単一国家で価値観や民族の違いが少ないため、他国との感情や民族間の争いについて理解し難い側面があります。
世界の国々では領地を介して国境を接していない国は少ないのです。だからこそ、昔から日本は他国の影響や侵略を受けにくく、独自の価値観や習慣、文化、言葉を保持出来たのではないでしょうか・・
更に、漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字の4種類の文字を使い分けている国も珍しいと思います。
私はYouTubeが好きなのでよく観るのですが、海外から訪れた観光客の多くが、日本の文化、食生活、建物、自然、礼儀、国民性に感動している動画を数多く見かけます。しかし、日本は単一的に見えるけれど、実は多様性にも富んでいることまでは知りません。日常使う言葉や文化、食も違いがあります。また、海外へ向かって発信することが苦手なのも日本の特徴のように感じます。感情を見せないような国民性に思われる外国人も多いようです。
さて、日本と韓国の関係性については海を隔てた隣国ながら歴史問題や国民性の違いから未来志向へなかなか進展しないもどかしさがあります。どうして未来へ向かって和を尊ぶことが両国は出来ないのでしょうか?・・・
私は歴史が好きなので、韓国や日本のことを知っている方だとは思いますが、それでも両国に対してもどかしさを感じます。両国が向かい合って腹蔵なく持っているわだかまりについて話をして、互いに譲歩し合えば、日韓に存在する問題の多くはすぐに解決は出来なくとも改善は出来ると思っています。過去ばかり話しても未来へ向かった改善や解決は出来ないと考えます。
ドイツは第二次世界大戦に関して広く世界へ謝罪を示し、アウシュビッツ捕虜収容所も平和への戒めとして残しています。これも謝罪と譲歩なくして実現は出来なかったでしょう。何故、こうしたことが日本と韓国では実現出来ないのでしょうか・・・
譲歩する距離が互いに足りないからだと思います。親交を深めることが重要であると考えるならば、まずは互いが譲歩しあう事が必要です。但し、それでも両国間の距離は短くはならないでしょう。
ただ、これだけは言えると思います。過去は変えられないのです。戻って消す事など出来ません。
だったら、今という瞬間から未来へ向かって変えて行くことしか出来ないことを知るべきだと思います。苦しくともそれしか方法はないと思うのです。賠償門題もよく話題に出ますが、その点も両国でよく話し合い善後策を国同士で決めるべきだと私は考えます。
さて、私が初めて韓国へ行ったのは今から22、3年前です。社員旅行で総勢11名でソウルへ行きました。現地ガイドさんの引率で王宮を見学したり、韓国料理を食べたり、繁華街へ出かけたりしました。当時は韓国では眼鏡が安く、社員が眼鏡を作ったことを憶えています。
それからは韓国へ行くこともなく歳月が過ぎましたが、ある時から不思議な縁が続いたのです・・・
まずは「勧業展」という大阪商工会議所主導の展示会が発端でした。
当社がその展示会へ出展した際に、隣のブースの社長さんが挨拶に来られたのです。しかし、生憎と私がその場におらず、残されていた名刺でその会社が当社に近いことが分かり、後日、訪問することにしてその旨を連絡したのです。
しかし、私がその約束を忘れてしまい、その後に再会した際に社長さんから指摘されてしまったのです・・・(恥ずかしい思い出です)
そして慌てて訪問させて頂くことになり、訪問した際にこのような話をされたのです。
「あのセキュリティドアは韓国製で、釜山の商談会で見つけたものです」と言われたのです。
何でそんな所で?と聞いてみたら、その商談会へ無料で参加出来たとの話だったのです・・
無料? ホント?と、この時ばかりは耳が”ジャンボ”になりました。
私はその詳細を聞いて、ぜひ参加してみたいと社長さんに主催者を紹介して貰ったのです。
また、こんな事もありました。
その社長さんがこんな話をされたのです。
「この本を読んで物凄く感動しました。是非読んでみて下さい。良かったらその本とDVDを貸してあげます」と言われたのです。
その本のタイトルは「日本でいちばん大切にしたい会社」という不思議なタイトルでした。
本は本屋で買い求めましたが、今までに読んだような本とは違い、小さな企業ながら経営姿勢や業績の優れた世の中になくてはならない会社の紹介でした。読んでいると、私も同じように感動しました。
大企業や有名企業の話ではなく、地方にある独自の経営スタイルで社会貢献している会社でした。
実は後日、その中の南アルプスの近くにある、寒天を作っている会社に無理にお願いして社員一同で会社を訪問させて貰いました。大阪から約6時間程の時間をかけて10人乗りのレンタカーで行ったのです。
この会社は40年以上も増収増益で、ヒット商品は要らないという会社でした。
年輪経営という、経営理念は今も心に残っています。
広葉樹林でなく、確実に成長する風雨に強い針葉樹林が良いと・・・
早く大きくなる必要はないのです。時間はかかるけれど確実に徐々に大きくなれば良いと、取締役が話されていました。感動ものの会社でした・・・
更に次の話です。
私が先の社長さんに紹介して貰い、初めて観国の相談会に参加して時の話です。
先に結果を話しますが、その展示会で今回のタイトルとなった友人と出会うことになったのです。
商談会では韓国企業と海外企業が通訳を介して会社案内や事業紹介を行い、ビジネスチャンスを生み出していく実利的な商談会でした。単なる展示会とは異なります。
終日、面談する韓国企業がスケジュールされています。そんな中である一社が3名で来られました。
皆さんお若いのです。しかもIT企業です。まずは両脇の社員さんが、PCで会社や商材を英語で説明し始めたのです。日本語の通訳がいるのにです。何で?となりますよね?
韓国の商談会では世界中からバイヤーが来ますので、資料は基本、英語なのです。この感覚は日本とは違います。
しかも、両脇の二人は英語がネイティブに近いのです。真ん中の方は黙っていました・・・
話を聞いていると、その通訳の韓さんが「この人達、めっちゃくちゃ賢いです!韓国人だから分かります」と私へ耳打ちしてくれたのです。
両脇の方は恐らくアメリカ留学経験者だと思いました。発音が違うからです。
そして、真ん中の人こそ、その会社の社長さんで当時は30歳前です。
その人がそれから10年以上も続く友達になるなんて、今、思い出しただけでも不思議です。
しかし、私は「今は取引するものはありませんが、御社とは交流を続けて行きたいので今後もネットでやり取りして行きませんか?」と話したのです。
普通はこの程度の話なら、その後に縁は切れるものですが、その後は韓国へ行く度にこの会社へ顔を出すことになるのです。この会社と当社は韓国で一番親しくなったのです・・・
その後も実に15、6回は韓国へ行っていますが、その社長さん達と食事や飲み会をしたり、更にはその社長さんが紹介してくれた会社へ一緒に訪問したりと、更に人脈が拡がっていったのです・・・
その友達は私より30歳も若いのですが、年齢差を感じない、付き合いの良い友達です。
韓国の人達は日本人では言いにくいことでも割とストレートに言います。
また時間をかけずに結論を出してくれます。
逆に、日本人はビジネスに時間がかかるようで、持ち帰って検討しますと言う言葉に対しては当初は期待感、後で失望感があるそうです。表裏があるという風に感じているようです。
そして、本題です。
その友人が、つい先日、私へ一冊の本を送ってくれました。
そればかりか、わざわざ来日し会いに来てくれました。その本は経営者が味わう試練や困難に打ち勝った話で、著者自身が経験した話が書かれてあります。現在も読書中なのです・・・
人生が行き詰った人が困難を乗り越えていく前の恐怖心や孤独感、失望感、死のうとする行動や虚無感など人生で味わった多くのことが描かれてあり、更にはそこから這い上がり、立ち直って行く羅針盤のような本なのです。
友人はかつて”とんでもない働き方”をしていました・・・
一緒にタクシーに乗っていてもノートPCを開いてはスマホで話しながら仕事をするのです・・・
初めて観た時はびっくりしましたが、会った時はいつもこうでした・・・
そこまでして何故働くんだろうと当初は思いましたが、私達もいつの間にか慣れてしまいました。
食事会の場所でもPCのキーボードを叩きながら誰かと携帯で話しているのです。
私はここまで仕事に没頭している人を今迄に見たことがありません。
忙しいを超えて呆れてしまいました。
それでも何回も会っているうちに、実は真面目で朗らかないい人だなと気付いていきました。
それからは本当に仲の良い”年の差友人”になりました。
その後、その友人はストレスを抱えていたのでしょう。
体の不調が出始めて治療も受けていました。
はた目からは分からない苦悩を抱えていたのだと、今更ながらその本を貰って知りました。
友人が私へその本を送ってくれた想いは同じ苦悩を味わっているのではないかと送ってくれたのです。
更に、その本の著者も経営者として天上からどん底へ叩き落され、最後は入水自殺まで図った女性が書いた本です。
私もかつて「七転び八起き会」という団体の実話を聞いたことがあります。倒産するとそれは悲惨な末路になります。その話を聞きながら天国と地獄は隣り合わせだと思いました・・・
薄板一枚で天国と地獄に別れるだけの僅差しかないと私は考えるようになりました。
簡単に分かって貰える話ではありませんが、こういった人達の話は本当に価値ある話なのです。
私には成功よりも失敗の方がリアリティがあると考えています。今度は私がもっと元気になり、その友人と明るく元気に再会できるようにしなければいけないのです。
今更ながら、人の縁は小さな一歩から始まります。
その縁は拡がると、更にもっと大きな輪へなっていきます。
今はテレワークや在宅が多くなっていますが、私は敢えて人同士の繋がりは、直接に会うことが大事だと思っています。
年賀状ですらメールで済ませることもできますが、私はやはり葉書だと思いながら続けています。
時代は変化していますが、今も本屋さんは盛況です。便利さと何かが違っているのです。
ある高名な経営者が言っていましたが、「外見とはその人の一番外側にある中身」だと。
この言葉はいろいろな局面で使える言葉だと思います。良い時も悪い時もです。
今の時代、友達を面倒だなと思う人もいるかも知れませんが、私は友達は大事にしたい。
また、人生では行動すれば新しい友人も増えていきます。
逆に行動しなくなれば自然と友達も減っていきます。
年齢なんて関係ありません。男女も関係ありません。国も関係ありません。
人生は一人では生きていけないからこそ尚更です。
友達は何かの時に自分を照らしてくれます。
今回はこれで終わります。
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